銀魂
殴られ屋として歌舞伎町にやってきた、岩松。彼は、元ボクサーのため、一般人のパンチをいくら受けても、それほど痛くないと考えて儲けを期待した矢先、神楽が客として現れ、一発でノックアウトされてしまう。
その後、岩松は、歌舞伎町の街を、神楽に連れられ、客を求めて徘徊する。しかし、神楽が連れていく先では、殴られ屋を必要とする人間が現れない。
そんな状況から、岩松は、殴られ屋を廃業することを考える。なぜなら、この街には、無抵抗な人間を殴って気を晴らそうなんてそんな陰湿な人間はおらず、みんな何かあったら、正面からぶつかって、好き勝手暴れて、うっぷんなんて暗いものを蹴散らしてしまう強い人間の集まりだったため、それに喚起され、自分も強く生きたいと考えたからであった。
そのように考えた岩松に対し、岩松を殴った神楽は、「私はすっきりした。おっさんに拳を受け止めてもらえて。」という。
岩松は、自分と意見が対立したときなどに、その相手方に直接自分の意見を言うことが出来ずにため込むから、ストレスがたまっていく。その溜まったストレスを、他人で晴らすことは趣味の悪いことだと毛嫌いしている。これに対して、神楽は、たまったストレスを他人が了承しているからといって、他人にぶつけることが良いのかはわからないが、自分は、殴って気持ちよかったと言っている。おそらく、神楽の殴るという行為は、ただ拳を相手にぶつける行為ではなく、自分の思いをぶつけるという意味が含まれているのだろう。
実際、岩松が考えたように生きることができれば幸せなのかもしれない。しかし、社会の一部として生きなければならないこの時代にそのように生きることはほぼ不可能だろう。
現代人の中で、殴られ屋を殴ったことのある人間は少ない。また、人を殴るという行為に抵抗を覚える人も多い。そこで、現代人は、殴られ屋の代わりに、友人に愚痴をいうことで、殴られ屋を殴るのと同じ効果を得ているように感じる。神楽のパンチが単に殴るだけではなく、自分の思いをぶつけるというものを含んでいたように。
そして、良いのか悪いのかはわからないが、現在は、殴らせ屋を殴るのではなく、他人に愚痴をぶつけることで、バランスを保っているように感じる。
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